代表メッセージ Top Message タイトルライン

※このページでは、「表現者」に掲載された、当社代表の佐藤の執筆記事をご紹介しています。
 (「表現者」は、ジョルダンブックスが刊行している総合オピニオン誌です。)
2020年ICT社会   「リーマンショック」が一段落と思ったら、今度は「サブプライム問題」、「ギリシャ危機」といったように、ここ数年世界的な危機が繰り返されている。一方で、「スマートフォン」、「テザリング端末」といった言葉に代表されるように、通信技術の革新が猛烈に進み、私たちの生活は大きく変わり始めてきている。電車の中の様子をみても、さすがに最近は携帯電話に向って大声で話す中高年はいなくなり、携帯電話は話もできる情報端末と化してきており、若者の指先は、無言で動き続けている。
 何かが動き始めている。新しい動きを牽引するものは、新しいテクノロジーである。昨今のドラスティックな変化は、「ICT(情報通信技術)」に焦点をあわせておけば、よく見える。
 なぜ2020年なのかはおいおい触れるとして、これからの私たちの生活はどうなっていくのか。「ICT(情報通信技術)」を常に意識しながら、思いつくことを書いていきたい。論理を展開していく、という形式ではなく、気になることがあったら、その都度寄り道をしながら、といったスタイルで、あせらずゆっくりと。
1 GPS カーナビが一段と普及してきた。最近では、携帯電話でもカーナビと同じことができる。ところで、カーナビは、世界に先駆けて日本で実用化された。実用化できるインフラが日本でのみ存在したからである。「見えるラジオ」というユニークなプロジェクトが、当初は誰も想像しなかったカーナビの実用化へとつながっていく。
 「自分の位置を知る。」この基本的な問いは、人類が航海を始めたときからのものである。見慣れた風景を見る。ここから始まっていく。その延長上でいろいろな工夫がなされる。手工業的な時代が延々と続いていくのである。
 中国の四大発明の一つ、磁気コンパスの登場によって、世界は大きく動く。技術は、ヨーロッパに伝わり、コロンブスが世界に向けて旅立つ。
 磁気コンパスをベースにした付加技術で、より正確に速さや向きを調べる方法が現れる。目安となる位置からの移動量によって現在位置を計ろうとするのである。元祖カーナビと称された1981年のホンダアコードも、ガスの流れで車の移動を計測していた。
 GPS(Global Positioning System)の登場によって、それまでの方式は一気に古くなる。地球上約2万キロの上空、傾斜角約55度の6つの軌道にそれぞれ4個の衛星を配置すれば、地球上のどこからでも常に5つ以上の衛星が捉えられる。現在地を知るための新しい仕組み、これがGPSである。アメリカ国防総省(Department Of Defense)が開発した衛星を利用した航法システム、しかし、これは軍事用である。民生用には故意に精度を劣化させ、100メートル位の誤差含みの情報が開示されたにすぎなかった。
しかし、あえて付加されたズレは、ある程度長時間継続する。そこで、考えるのである。予め正確に位置がわかった地点で、GPSを利用して位置を算出し、ズレを加算すれば、正しい位置情報が得られるはずである。ズレをすべての車に伝える手段がありさえすれば、カーナビは使い物になる。
 ズレをすべての車に伝える手段、まさにこの役にぴったりのプロジェクトが、日本で始まっていた。エフエム東京(東京FM)が、1994年10月に開始した「見えるラジオ」というプロジェクトである。FM電波のすき間を利用してデジタル信号を送り、ラジオ放送と同時に独立した複数の文字情報を流すものである。
 端末が思うように普及せず、野心的なサービスは今一つ普及しなかったが、カーナビの普及に大きく貢献することとなる。
 「基準局」と称される設備が作られ、受信した衛星ごとの補正データを作成し、すぐさまFM波にて流す。走行中の車のカーナビは、このFM波を受信し、自車位置の補正を行う。正確な情報をあえて不正確にし、その不正確な情報を最新の技術で再び正確な情報に戻す。まさに、アナクロニズムの世界である。優秀なのだが使えない。軍事技術というものの持つ捻れが反映されていたのが、GPSである。
 ひところはよく、カーナビは、そのうちなくなるかもしれない。戦争が起こりそうになると使い物にならなくなる、と言われた所以は、この辺にあったのである。情報を提供する主体は、情報の提供そのものをストップすることすらできる。
 かつては、アメリカ国防総省(DOD)とアメリカ運輸省(DOT)の間で合意書が作られていた。2005年までは今のままの運用を続けること、及び有事の際には48時間前までに事前通告することが、その骨子である。
 しかし、GPS衛星打ち上げの技術は、アメリカだけのものではなくなってしまい、ヨーロッパもロシアも打ち上げ始め、結局、米国防総省は誤差を加えることをやめることを選択する。
 言ってみれば、日本の一般大衆が、アメリカ軍を相手に戦い、勝利したようにも考えられないだろうか。
 携帯電話にもGPSが入ってきているが、街中での位置の計測はビルの影響で衛星の電波がとれなくなり、それなりの難しさがある。今、位置を知ろうというプロジェクトは、ビルや地下街が大きなテーマになってきている
2 GPS2  2011年暮れ、シェムリアップ(カンボジア)のホテルに夜遅く着いた私は、iPhoneの Google Mapを立上げ、ホテルのWifiが問題なく動き、正しく位置がとれていること(図1)を確認した。次いで、今回の旅行の一番の目玉、アンコールワットはここからどの位離れているかを、Google Map上でチェック、アンコールトムの入り口までが8.5キロメートルであることを確認(図2)。その後は、PCにて、「シェムリアップ Wifi」で検索、街中にWifiが相当普及していることに安堵、ざっと情報収集しながら、翌日以降の大まかな予定を立てる。
 電話回線(3G)を利用しての携帯電話からの情報収集は非常にコストがかかるので、基本的にはWifiの使える場所で、お茶を飲んだり食事をしながら情報を収集、次の目的地までの移動のし方を考える。現在地から目的地までのルートを地図上に表示し、その画面を保存する。国内では、パケ放題で使用料の上限が定められているので、移動の際に現在地を表示、ルートとのズレをチェックしながら歩く。
メッセージ
  ※図1,2:Google mapより
 iPhone、アンドロイドといった大きな画面の新しい携帯電話、スマートフォンがこのところ急速に普及している。スマートフォンにはGPSも搭載される。ツイッター、フェイスブックといった人気のアプリケーションもGPSと連動、あるいはGPSと連動したアプリとの連携を始め、私たちの生活は一変しようとしている。
 新しいテクノロジーは、それまでにはなかった便利さを提供するのと同時に、想像もしなかった大きな問題をはらみながらスタートすることが多い。利用する側がその辺を意識しながら便利さを享受すべきである。この稿では、携帯電話とGPSとで何がどう変わろうとしているか、その概略を解説しながら、その裏で如何なることが進んでいるか、述べていきたい。

 携帯電話でよく使われるサービスに「乗換案内」がある。ジョルダンの「乗換案内」を例にとって、基本的な使い方を説明すると、例えば、東京大学に勤務する私の友人が新宿三丁目にある「維新號」で開催される新年会の案内をもらったとする。このとき、本郷三丁目から「維新號」までどう行くか、経路、時間、料金を調べるのが、乗換案内である(図3)。
 今は、直接「維新號新宿店」の電話番号を入力し、どの駅の何番出口から出て、そこまでどう行くか、の地図をも表示できる(図4)。自分が不案内な場所にいるときは、今いるところから一番近い駅はどこかも簡単に調べることができる。サービスはさらなる拡大が計画されており、鉄道のみならず、バス停までも、さらに一部のバス事業者との連携で次のバスが今どの辺にいて、あと何分かかるかということまでわかるようになってくる。今どこにいるか、地図上に表示しながら、目的地までの徒歩のルートの案内と合わせ、移動に関する機能は一段と進化し続けている。
メッセージ
  ※図3,4:ジョルダン「乗換案内」より

 海外では、スカベンジャー、フォースクウェア、ゴワラといったサイトが、スマートフォンの普及とともにユーザー数を増やしている。場所や店が登録されていて、実際にそこに行くことで、特典がもらえたり、といったことが売りになっている。お店の出すクーポンがもらえるといったこれまでの思考の延長上で考えられるサービスが享受できるのみならず、サービス提供者が用意したバッジがゲットでき、自分の携帯電話上に表示される、といったことで人気が出てきている。バッジにもいろいろな絵柄があり、当然、回数の多い人は豪華なデザインのものが取得できる。
 これらのサービスでは、実際にその場所、店を訪れた人が、いろいろなコメントを残せる。例えば、「パスタがお勧め」とか。膨大なコメントはお店の評判にもなるし、また苦情が載せられればお店も無視はできない。さらに「次はリゾットにもチャレンジ」といった自分に対するコメントを残し、次回訪れたときにリマインドすることも可能になる。

 さらに最近の大きな流れは、フェイスブックのID、パスワードでスカベンジャーに入ることができたり、また、自分のブログにフェイスブックにコメントを書くようなパーツを張り付けたり、サイト間で相互にいろいろなことができるようになってきている。
 便利でもあるが、いろいろな問題もある。チェックインという機能がある。例えば、自分がある場所に行ってフェイスブックでチェックインするとその情報がオープンになり、待ち合わせをしようとしている人たちにすでに着いたことを伝えることができるが、同時に自分の友達(フェイスブックは友達と認め合った複数の人の情報が相互に見えるシステムである)の全員にその情報は開示される。プライベートもビジネスもすべてオープンになる。ビジネス上の情報は、往々にして重要な機密であることもある。
 クーポンを得るためにフェイスブックでチェックインした情報が、本人が意識してなかったスカベンジャーの友人にオープンになり、「昨日、相模原の焼肉屋に行ってたんだって」と聞かれたりする。友達の友達は友達。自分の行動が所在情報とともに広範にネット上にまき散らされていくわけである。

 お店が自分の店の情報をネット上にオープンし、そこにいろいろな書き込みが書かれることは先程述べたとおりであるが、実際には評判を良くする業務を請け負う会社がある。いいねマークを一つ付けるといくら、コメントを書くといくら、といったようにである。さらには競合する相手が悪評を書くことってあり得る。
 サイトの運営者は、その気になれば誰がいつどこにいたか、という膨大な情報が蓄えることもでる。
 匿名性のもとに情報を販売することも可能である。

 中国も韓国も、サーチエンジンの検索ワードを見ればときどきの情報が社会状況が一目瞭然であるから、自国製のサーチエンジンを流行らせることは国策でもある。昨今流行りのクラウドにしても、確かアマゾンもグーグルもアップルもアメリカの法律の下にあるので、FBIが指示すればすべて情報は開示される。そうしたとき、国家主権はどうなるのか、日本も本気で考えないととんでもない状況に入っているのである。

3 機械はどこまで人間に近づけるか (1) イライザ  機械はどこまで人間に近づけるか。これは、昔から何度も論議され続けてきたテーマである。
 コンピュータが出始めの頃に遡り、1960年代のマサチューセッツ工科大学(MIT)を見てみると、人工知能を専門とする教授「ワイゼンバウム」は、それまで自分が情熱を傾けてきた人工知能の研究に限界を感じ始めていた。「結局、無理である。精一杯やってもこんなものである。」そう考えたワイゼンバウムは、それを実証するプログラムを作ってみようと考えた。
 当時流行った精神カウンセリングの手法に、相手の言葉を反復して質問することで会話を続ける、というものがある。このやり方は、知識のデータベースも必要なく、ちょっとした構文解析をするだけでプログラミングしやすい。基本は次のようになる。

①相手の最後の言葉を繰り返す。相手の言葉に続けて「か」とか「、ですって」といった言葉を付して質問する。文中に「私」があれば「あなた」へと置き換える。
反復する際には、全文を繰り返すのではなく、後ろの部分だけを採ったりする。
②ときどきは、「もっと詳しく話してください。」といった文をはさむ。
単調さを避けるために、ある程度文の種類を用意しておき、ランダムに出す。
③「夢」とか「幻覚」とか特定のキーワードに対しては、特別な問いかけを用意しておく。
こういったアルゴリズムの下、最初は、コンピュータが「どうしましたか。」と尋ねる。

D:どうしましたか。
P:最近、眠れなくって。
D:もっと詳しく話してください。
P:昨夜もベッドに入ったのは11時なのに、明け方の5時まで寝付かれずにいました。
D:昨夜もベッドに入ったのは11時なのに、明け方の5時まで寝付かれずにいました、ですって。
P:ええ。7時には家を出ないと遅刻してしまうので、結局睡眠が2時間。毎日こんなものです。
D:毎日こんなものですか。
P:そのせいで、日中は頭がボーっとして、仕事はミスだらけ。私はもう駄目です。
D:あなたはもう駄目ですって。
P:それに最近は幻覚まで現れます。
D:誰にもそういうことはあります。
P:そんな気休めを言わないでください。この2ヶ月で体重は10キロも減ってます。
D:この2ヶ月で体重は10キロも減ってます、ですって。

 ワイゼンバウムは、このプログラムを劇作家ジョージ・バーナード・ショーの喜劇『ピグマリオン』の主人公、イライザ・ドゥーリトルの名を取ってイライザと命名した。
 しかし、実際にこのプログラムをリリースしたとき、ワイゼンバウムは自分の考えたこととまったく別な反応に驚かされた。
 コンピュータと対話している人は、本物の心理学者と話をしていると思いこみ、それが実は機械だと考えることを拒否したのである。今から40年近くも前のことである。コンピュータの性能はまだ十分でなく、イライザは非常に反応が遅かった。しかし、それさえ、熟考しているように思われたのだった。
 私も実際にこのプログラムをパソコン上で作成、実行したことがある。アルゴリズムを検証することを目的とし、始めにあげた例程度のものなら、10行から20行くらいの簡単なプログラムで十分である。それでも見せられた人はぎょっとする。パソコン上でのやりとりなので、プログラムだということがあきらかにわかるため、本物の心理学者と話をしていると思いこむまでは至らなかったが。
 もっと凝り、会話をスムーズに行うための例文を多く用意しておくことによって、見かけの賢さはどんどん増していく。

 ワイゼンバウムがイライザを作成した時代、1960年代の半ばは、まだコンピュータの黎明期、真空管の時代からトランジスタ、集積回路へと変わっていく頃のことである。IBMが一世を風靡したコンピュータIBM360が世に出たのが1964年、コンピュータは恐ろしく性能が低く高価である。
 1965年、ムーア(Moore) は集積回路の将来性を科学的に分析し、今日 Moore の法則と呼ばれている集積度(1つのICチップの中のトランジスタの数)の発展法則、「1年半で集積度が2倍になる」を提唱した。
 18ヶ月で2倍ということは、10年に直すと100倍になる。まさに市場はその通りに動いていく。同時に面白いのは、10年単位で業界の覇者が変わっていくことである。
 1970年代に入るとDEC製のミニコンが市場を制覇していく。1秒間に100万回のCPUの演算能力をMIPSという単位で表すが、1977年発表のVAX-11/780は、演算能力1MIPS、一式の値段はおよそ1億円であった。
 1980年はサンマイクロの時代。1989年発表のスパークステーションは、演算能力10MIPSで1000万円。
 1990年代はマイクロソフトの時代、マシンは一式100万円。性能は10倍。1960年代、1970年代、1980年代、1990年代、どの10年をとっても性能が10倍、価格は10分の1、つまり100倍、ムーアの法則がぴったり当てはまる。
 2000年代になるとパソコンが10万円で、性能はまたも10倍。時代の覇者は今度はグーグルである。
 1995年頃、10年後にパソコン一式は1桁性能がアップして10万円になる、というと笑われたものだが、事実、そうなってしまった。昨今では、パソコンの値段を論じることは殆ど意味がなくなってきた。いつの間にかコンピュータはコモディティと化してしまった。
 考えてみれば凄まじいことである。学生の頃、通い詰めた大型計算機センターのコンピュータは、今の数万円のパソコンにも及ばない。コンピュータ本体のみならず、外部記憶装置も通信もすべて同じ傾向である。

 このことからすると、イライザはどこまで賢くなっているか、ということに思いが至る。イライザは、その後、何人もの研究者によってプログラム化されていく。ところが、思ったよりもこの領域には大きな変化が起こっていない。
 特筆すべきは、2000年にカリフォルニア大学バークレー校の学部生であったケビン・フォックスであろう。フォックスは、米アメリカ・オンライン(AOL)社の「AOLインスタント・メッセンジャー」(AIM)ユーザーに対し、ELIZAの改訂版「AOLiza」を作った。たいていのユーザーは不自然さには気づくも、自分の話し相手がおしゃべりロボットだということを悟ったのはほんの数パーセントだったという。
 「AOLizaは話しかけられたあらゆることに返答する。そうやって、会話が永久に続いていく」(*1)やり取りの多くが1時間以上、最長で1時間半も続いたという。
 しかし、AOLizaは期待した程は盛り上がらなかった。永久に続いていく会話をしたところで、要は、面白くないのであろう。
 新しいテクノロジーは、予想だにしなかったものを登場させる。それについては、次号で述べていきたい。

(*1)Wired News(2000年9月30日付)より
(2) 初音ミク  機械はどこまで人間に近づけるか。
 SFの世界では、昔から「アンドロイド」の誕生が夢見られていた。コンピュータの黎明期の頃の科学者「ワイゼンバウム」が、イライザと命名したプログラムを開発していたとき、ワイゼンバウムは形体としてのヒトは兎も角、思考としてのヒトを追い続けていた。
 技術の進歩は凄まじい。1965年にインテルの創業者の1人ムーアは、トランジスタの集積度は18ヶ月で2倍という説を唱える。コンピュータ全般はほぼその通りに動いていく。
 2000年に経済学者のギルダーは、通信網の帯域幅は6ヶ月で2倍を唱える。実際にはそこまでは至ってないが、それでも1年で2倍程度のペースでは動いている。10年単位で見れば、通信技術の進展はコンピュータ全般の技術革新の10倍である。

 ところが、飛躍的なハードウェア、通信技術の進歩にもかかわらず、未だに「アンドロイド」は姿を現さない。今話題の「アンドロイド」は、本来の「アンドロイド」ではなく携帯電話のことである。厳密には、グーグルが開発した携帯電話、タブレットコンピュータ用のOS(オペレーティングシステム)のことである。
 頑張ったにも関わらず目標達成が困難になったとき、人は笑ってごまかすことがある。グーグルが携帯電話用のOSをアンドロイドと命名した理由は定かではないが、あたかもそのような感がしないでもない。
 考えてみれば無理も無いことで、本来の「アンドロイド」は、機械と人間を巡っての本質的なところでの論議が深化し、ロボット工学から生化学までの科学技術の頂点に位置すべきものである。
 特化した技術が新しい製品、サービスを産みだす。中には一世を風靡するほどの大きな影響力を持つものも出てくる。多重に産み出された製品、サービスは、相互に影響しあい、人は螺旋階段を登るように、新しい世界、「アンドロイド」のいる世界に近づいていく。
メッセージ
※図5:初音ミク(クリプトン・フューチャー・メディア社HPより)
図6:ニコニコ動画における初音ミク

 今話題のボーカロイド(VOCAROID)――ボーカル+アンドロイド(VOCAL+ANDOROID)――ヒトのように歌うロボットは、2000年、ヤマハとバルセロナのポンペウ・ファブラ大学との歌声合成技術の共同研究に始まる。
 1980年前後、日本ではいろいろなしゃべる機能付家電がはやっていた。ただ、この頃の技術では、アクセントを強弱で表現する英語には対応できても、アクセントの無い日本語をしゃべらせることは難しかったようである。壊れたラジオのような機械音であり、いかにもコンピュータの音声であり、次第に消費者から疎んじられていく。

 ブレイクスルーは、おもちゃに音声合成の技術が使われるようになってきたところで起こる。
 コンピュータのチップの価格が下がったことで、内蔵されたROMに沢山の音声データを搭載する。同時に、音声合成のためのアルゴリズムも一段とよくなる。日本では、リコー、ヤマハ、セイコーが、音声合成用LSIを製品化していき、世界中の人形がしゃべるようになってくる。
 スペインには、アメリカ、ヨーロッパの人形の下請工場が多く、機械がしゃべるための試行錯誤は繰り返されていた。
 ボーカロイドはもちろん歌うロボットである。しゃべることと歌うことには似た部分もあるが、大きく異なる部分もある。ヤマハとポンペウ・ファブラ大学の共同研究は、歌うことに関するものである。
 3年間の基礎研究の結果は、2004年にパソコン向けのパッケージの発売に至る。3年後に新しいバージョンの「VOCALOID 2」が発売される。

 バックコーラスのような使い方がされるのでは、という製作者側の意図とは異なり、ヤマハからライセンス供与を受けて関連製品を発売したおよそ10社のうちの1社、クリプトン・フューチャー・メディアは、「初音ミク」というアニメキャラクターのメインコーラスというコンセプトでパッケージを発売する。

 人の声を「録音された人間の声を元に、極めてリアルに音声合成された歌声」…、フォルテシモやクレッシェンド、 ビブラートまでも的確に表現し、歌詞に合わせて歌い方や声質も変化させながら歌う世界最先端のボーカル音源が、このVOCALOID 2(ボーカロイド)です。まるで実際に歌手をプロデュースしているような感覚で歌を歌わせるこのVOCALOID 2は、全く新しい可能性を持ったバーチャル・ボーカリストと呼べるでしょう。(*2)

 声優は、約500人の声優の中から特徴ある声の藤田咲が起用された。初音ミクのキャラクターデザインはコミックマーケットで活動していたイラストレーターのKEIが手がける。
 髪は青緑色、髪型はくるぶしまで届く長さのツインテールで、黒のヘッドセットを装着している。衣装は襟付きノースリーブの上着にネクタイ、ミニスカートにローヒールのサイハイのブーツ、黒を基調として所々に青緑色の電光表示をあしらっている。(*3)(図5)

 初音ミク、ブレークのもう1人の立役者は、ニコニコ動画である。
 ドワンゴの創立者川上量生が、2006年のグーグルによるユーチューブの買収(2000億円)に驚くととともに、自分たちならもっと費用をかけずに対抗サービスが作れるという思いでサービスを立ち上げる。自宅を作業場にしているプログラマーと2人で立ち上げたプロジェクトである。
 システムテスト中に動画の特定の再生時間上にコメントを投稿し表示できる機能を付けたところ面白く、そのままコメント機能としてユーザに開放したのが評判になり、あっという間に日本を代表する動画共有サイトになっていく。
 ニコニコ動画で初音ミクは一大ブームとなる。クリプトンフューチャーメディア社から発売されたVOCALOID 2を用いて、自分なりの初音ミクの曲を作る。それをニコニコ動画に投稿するのである。人によっては、アニメキャラクターを自分のPCで3D化し、振り付けもする。そこに皆がコメントを書き込むのである。(図6)

 初音ミクは動画共有サイトの中だけにはとどまらない。フィギュアやゲームソフトのみならず、イタ車にまで至る。アニメキャラクターのステッカーをドアに貼ったりして装飾した車がイタ車である。
 2011年10月に栃木県茂木町で開催されたカーレースの優勝は、4号車 初音ミク グッドスマイル BMWであった。

 機械はどこまで人間に近づけるか。このテーマで書き出し始めたこの稿は、書き進めるにしたがって、コンピュータ化の新しい側面を垣間見るに至っている。ユーチューブ、ニコニコ動画。さらには、ミクシィ、ツイッター、フェイスブック。機械はどこまで人間に近づけるかではなく、機械はどこまで人間を近づけるか。困難なテーマは、より現実的なテーマへと置き換わっていく。

(*2)クリプトン・フューチャー・メディア社HPより引用
(*3)Wikipedia―初音ミクより